2011年11月15日

ツール・ド・沖縄

日曜日のツール・ド・沖縄。
フルタイムワーカーの鏡、高岡選手が70kmの独走というこれ以上ないパフォーマンスで優勝でした。
私は、出走401人中147位。完走は163名だったので、ギリギリ完走でした。
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以下レースレポート==================
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7時45分にスタート、初めの70kmは平坦で集団は大きいまま。集団後方にいると余計な加減速を強いられたり落車に巻き込まれる可能性が高いので、常に先頭が見える20〜30番手で走行。無駄に体力を使わないように走りながら、意外に暑かったので、早め早めに電解質、エネルギー補給を心がけて走る。

途中、大きい段差の度にSTI(シフトレバー)が遠くなるのを感じ、ハンドルステム(接続部分)の締め付けが緩く、徐々に下がっていることが判明。強引にもとのポジションに戻す事もできたので、可変ハンドル仕様!?と割り切る。

最初の登りに入る前から位置取り合戦が始まり、少し足を使って前方をキープ。20番手位で一回目の普久川ダム(6kmで300m強の登り)の登りへ。先頭では、歴代優勝者である西谷さんのチーム、オーベストのメンバーが淡々と引いているのが見えるが、結構なペースで徐々にきつくなってくる。

市民レースとはいえ、沖縄の210kmに出るメンバーは実業団登録の上位カテゴリーで走る選手も多く出場しており、力のない選手は徐々に振るい落とされていく。私もその内の一人として、集団の後方でちぎれそうになり、山頂まで1kmくらいの場所で後ろを振り返ると、後続が見えない。先頭集団は50名程に絞られていた。

ここでちぎれるとダメだと思い、ダンシングで踏ん張っていたところ、前輪が前走者と接触。落車はしなかったものの、スポークが曲がったようで、タイヤが大きく振れてしまう。ブレーキキャリパーを開けてなんとか走れるようにしたものの、さらにそこから集団を追う力もなく、先頭集団に乗り遅れた。(同じように集団後方でギリギリくらいついた知人44歳のKさんは、結果的に30位前半でゴールしていた。その後全く同じ状況で走れたとは限らないが、やはり死んでも食らいつかなければならない所だった)

その後、1回目の補給ポイントを過ぎ下りへ。本格的レースに8年ぶりに出た割に、劣ってないと感じたのがこの下り。タイヤが振れている状態が気になったが、構わずクラウチング(深い前傾姿勢)でコーナーを攻めると、周りよりすぐに前にでたり、追いついたり。パワーだけではどうにもならないテクニックの部分では、経験が勝っていたようだ。辺戸岬へ向かうヤンバルのアップダウンを少人数で走っていると、後ろから50名以上の大集団に飲み込まれる。一度ふるいにかけられてからできた集団なので、実力が似たり寄ったりのメンバーのはずが、集団の前方でローテーションするメンバーは7〜8名だけ。

あんまりのんびり走っていると完走できないと危機感を感じているメンバーと、後半もっときついから無駄足を使いたくないと考えているメンバーの差。もしくは、2列のローテーションをした事があるかないかの違い。まあ文句言いたくなるが、先頭集団に残る足がなかった自分が弱かったというだけで、使われているとわかっても本能?性格?的に引いてしまう。

その影響か、二回目の普久川ダム登りへ入ると、脚がかなりきつくなる。呼吸は余裕があるのにハムストリングスや腓腹筋(ふくらはぎ)がつりはじめる。内転筋など違う筋肉を意識してなんとかリズムを作るが、大集団からも徐々に遅れる。その後も沖縄名物のヤンバルアップダウンから容赦なく洗礼をうけ、内転筋も何度かつる。その度になんとか誤摩化しながら走り続けたが、最後の難所羽地ダムへ向かう登りの入り口で両内転筋とハムストリングスが同時につり、足を着いてしまった。

動かしたいのに動かせず、自分の不甲斐なさから「だぁー」と叫んで気合いを入れ直し、なんとかペダルを回せる動きを探る。制限時間が迫っているのに何となく気づいていたので、下りに入ると周囲の3名くらいでローテーション。そして最後の平地10kmに入ると、足が回復。これが不思議で、よくセカンドウィンドといわれるが、この日自分にとってはフォースウインドくらいの好調期。

勢い良く引いていたら、気づけば二人ともちぎれていて、ラスト3kmくらいは一人でもがき、やっとの思いで210km完走となりました。
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反省と自己分析

離れてしまった先頭集団は、アタックではなく一定ペースで登っていました。パワーメータを付けていた訳ではないので正確ではありませんが、おそらく250-260w平均で15分くらい登っていたと思います。私が行っていた登りの練習で10分以上の登りの練習がほとんどありませんでした。実際には300〜350wで2-3分のインターバルが中心だったので、もう少し低い強度で長時間行うインターバル練習が必要でした。都心近郊には10分以上かかる登り坂はないので、そのようなトレーニングをする為には、ローラー台やパワーマックスで行う必要あったでしょう。きつい練習を避けていたつもりはないのですが、レースの強度や時間帯をもう少し想定し、その状況に見合ったトレーニングが必要でした。

また、1日の練習距離が長くても140km、100km以上の練習は月に2回程しか行っておらず、レースの後半は地獄を感じました。現在の練習サイクルは平日の通勤主体。一般のアマチュアサイクリストは休日主体の方が多いと思いますが、私の場合は山関係の仕事やら趣味やらが週末に入るので、これ以上距離を伸ばすのは難しい。となると、210kmではなく140kmに出た方が良かったかもしれません。

あと、当然の事ながらレースでしか発揮されない強度や状況(痙攣してからどう漕ぐか)などがあるので、事前に4or7時間エンデューロやアップダウンの多いレースに参加する事が重要です。

予想より良かった点として、昔はレースに出ると、距離に関係なく腰痛が出る事が多かったのですが、今回は腰痛で悩まされることがありませんでした。これは、ペダリングスキルの改善とスタビライザージャージのサポート力だと思います。レース翌日の疲労感も思った程ではなく、これもペダリング技術の向上によるものだと思います。

以上の事を改めて反省すると、自分が単に弱かったと認識させられました。自分は強いとも思っていませんでしたが、想定していたよりも強い選手の数が多かったです。8年もレースに出ずにあわよくば30位以内というのは、それらの選手に対しても失礼で、考えが甘過ぎでした。逆に完走できた事を良しとしたいと思います。

でも久しぶりに自分自身の為にトレーニングを考えたり、レースに出た事で改めて認識させられた事も多く、今後のトレーニングアドバイスにつなげる事ができそうです。次の目標は・・・自転車の走力を温存しながらランニングの練習を増やし、デュアスロンに挑戦しようと考え中です。

安藤隼人
posted by トレーナー at 16:14| Comment(2) | 自転車
この記事へのコメント
相当に厳しいレースだったようですね。
完走できたことは素晴らしいことです。
デュアスロンへのチャレンジ、楽しみにしています。頑張って下さい。


Posted by sae ishine at 2011年11月16日 14:01
石根さん
シクロワイアードで沖縄の動画がアップされています。都貴の強烈なアタックが映像で出ています。
あの登りの入り口で私は両足がつり、ストップしました。都貴はさすがですね。今後もよろしくお願いします。
Posted by 安藤 at 2011年11月16日 14:25
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